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日本で翻訳家として働く中国人の身の上話「拙者、アニメオタクでござる」

こんにちは、まるるんです。
日本に来て、もう丸10年。現在翻訳を生業にしています。そんな僕の身の上話をご紹介させていただければと思います。

時は十数年前に遡り、全てのはじまりは1つのアニメ作品に出会ったことだった。
小学5年生のとある放課後、テレビで放送されている犬夜叉に一目惚れしたのが全ての始まりだった。6年生になって、父の転勤で内陸の方へ転校した僕は、新しい環境に何一つ馴染めなかった。なんだよ、アニメで見るチヤホヤされる転校生なんて嘘じゃんとツッコミを入れつつも、気がつけばアニメ好きと集まって、夜遅くまで理想や将来などくだらない話で盛り上がったり、アニメソングを口ずさんだり、やはりアニメで寂しさを紛らわしていた。

夢中で没頭していったアニメの世界

中学3年生の時地元に戻ってまた環境の変化があったけれど、不変的で優しいアニメの存在が僕を安心させてくれた。しこたまDVDレンタルして、BLEACH、テニプリ(テニスの王子様)、デスノート…娯楽と言ったらアニメだった。声優の声が聞き分けるようになってから、キャスティング表が出るまで何人言い当てられるかなどの楽しみ方が増えたり、声優イベントやインタビューで制作秘話を知ったりと、アニメに対する情熱は高まる一方だった。
高校入試を終えた夏休みは寝る暇も惜しんで没頭していた。そんなある日、字幕なしでもセリフがわかると気づいて、その、新しい世界の扉が目に前に開いたような喜びは忘れられない。

アニメオタクというアイディンティと日本留学の決断

しかし、中国ではアニメは子供向けのものだというイメージが強かった。高校の自己紹介でアニメが好きと言ったら顰蹙を買うことになって、まるで自分の一部が否定されるようでたまらなく悲しかった。日本のアニメは中国当時のアニメと違って、大人でも楽しめるものだよと説明しても虚しく、アニメ好きの間に話が盛り上がるほど、アニメを知らない人の前では無口になりがちだった。「30歳になったらまだアニメは好きなのか?」こんなふうに疑問が湧いたのもこの時期で、もっと正しく言えば「大人になったらまだアニメ好きでいられるか?」だろう。ぼんやりと好きな気持ちだけでは何も変わらない、より論理的にこの感情を紐解き、言語化できれば状況は変わるのではと考えた僕は、高校卒業後、日本への留学を決意した。

はじめてみるアニメというフィルターの向こう側の日本

いざ日本上陸。焦がれていた全てがそこにあった。人間を全く怖がらずに堂々と歩く道端の鴿、空を埋め尽くすほどのカラスの群れ、行き交う歩くスピードの速い人々…。アニメというフィルターを介さず現実と向き合って行く中で、美しいものばかりじゃない、生々しい一面もあると知った。僕の目に映る「セカイ」がようやく世界になった。そして、理由は違えど、アニメ好きを公言できないプレッシャーは日本にもあったが、30代や40代以上のアニメオタクは沢山いることで気付かされた。オタクの自分を一番受け入れられなかったのは、自分自身だということを。
僕はとうに知っていた。多分このまま一生、アニメは好きだろう。アニメは僕の青春そのもので、今の僕を形作る一部なんだ。これからもアニメは他の人の青春になっていくだろうし、その素晴らしきコンテンツへの愛は声を大にして言いたいと、心はいつだって叫びたがってるんだ。そのために、一旦「脱オタク」する必要があると思った。

脱オタクして見えたもの

「脱オタク」の過程は想像以上に難しかったけれど、その分収穫も大きかった。話題を作るためにドラマやファッションを勉強したり、興味ないと思い込んでいた日常の営みに楽しさを覚えたり。また、僕のようなオタクは特定の分野に深い知識を持っているが、趣味以外無関心なためトレンドの話題に鈍い傾向があると気づいた。
そうしたオタクである自分の弱みは、一旦自分の殻から抜け出して、自分を客観視してこそ認識できた。オタク以外の方々と打ち解けたら、思いの外オタクに好意的な人の多さにびっくりした。ああ、なるほど。自ら外への窓を閉めて、騒音を遮断したと同時に、向こうから差し出されたオリーブの枝も見えなくなっていたんだ。
オタクも所詮はレッテルの一つに過ぎない。人を決定づけるものにならないし、人を否定する材料でもない、あってはいけない。思い返せば、アニメ好きを公言できない、好きでいられないと思った自分は、ただ自分の中の他者、ないし社会に強いられた観念に負けて、弱かっただけだ。

つい先日誕生日を迎えて、とうとう、20代最後の年。大学卒業して、社会人になってから、尋常じゃない速さで時は流れていった。さて、三十路はもうすぐそこにやってきているわけだが、全くいわゆる「いい大人」になった気がしない。そもそも「いい大人」とはなんだろう。それこそ人によっては定義それぞれで、考え出すときりがないことに違いない。
10代の自分に教えてあげたい。大丈夫、30歳になってもアニメ好きでいられたし、何よりアニメオタクの自分をもう恥じたりしない。少しは君が思い描いた「いい大人」と違ったかもしれないけど、今の僕は偏屈で閉塞的だった過去と和解できていて、くだらない偏見に幾分か平然でいられるようになった自分がちゃんと好きだよ。どうだい、そういう「大人」も悪くないだろ?

まるるん (翻訳家)
福建省生まれ、育ち。
来日十年。大学卒業後、日本語⇔中国語翻訳として活動。
同じ異郷で頑張る人々へ寄り添う何かになれればと願い、日本での暮らしの所感を綴ってます。
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